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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9491号 判決 1983年11月14日

原告

小原正列

右訴訟代理人

片山一光

被告

新井千代子

被告

小暮八千代

被告

新井宗正

被告

新井多喜男

右四名訴訟代理人

本渡乾夫

田口秀丸

被告

新井政之助

被告

新井宗三郎

右両名訴訟代理人

高橋むつき

主文

一  被告らは、原告に対し、各金二一一万六六六六円及び各内金三万三三三三円に対する昭和四九年一二月一日から、各内金二〇八万三三三三円に対する昭和五一年八月六日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

ただし、各被告が原告に対し、各金一二〇万円ずつの担保を供するときは、その被告は右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各金一四八六万六六六五円及び各内金六八六万六六六六円に対する昭和四九年一二月一日から、各内金四三三万三三三三円に対する昭和五一年八月六日から、各内金三六六万六六六六円に対する昭和五八年五月一七日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(各被告共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  第一次遺産分割委任契約

(一) 原告は、東京弁護士会所属の弁護士であるが、昭和四八年二月から四月にかけて、被告ら及び亡新井鈴子(以下「亡鈴子」という。)から、同人らの被相続人である亡新井千代之助(昭和三三年五月一三日死亡。以下「亡千代之助」という。)の左記遺産分割事務について、委任を受け、これを承諾した。

亡千代之助の遺産のうちの不動産につき、遺産分割の協議又は調停を成立させることを目的として、遺産範囲の確定、現況の調査、財産的価値の評価をしたうえ、右不動産を価値的に九分した分割基準案を作成し、これに基づき各相続人たる亡鈴子及び被告ら間において、被告新井政之助(以下「被告政之助」という。)が三、被告新井宗三郎(以下「被告宗三郎」という。)が二、その余の各被告が一の割合で取得することを内容とする遺産分割協議を成立させるべく、助言及び説得をする。

(二) 被告らは、原告に対し、右(一)の委任に際し、次のとおり着手手数料等を支払うことを約した。

(1) 着手手数料として、六〇〇万円を委任事務終了時までに支払う。

(2) 事務処理費用として、一〇〇万円を委任事務終了時までに支払う。

(三) 原告は、前記委任契約に基づき、昭和四八年二月ころから昭和四九年六月にかけて、亡千代之助の遺産である不動産の範囲とその現況を調査して財産的価値を評価し、その後、右不動産(ただし、被告ら及び亡鈴子の希望により、国道二九八号線建設に伴う買収予定地を除く。)を、財産的価値上、九等分した分割基準案を作成し、この間、昭和四九年三月五日には、亡鈴子を申立人として亡千代之助の遺産分割調停を浦和家庭裁判所に申し立て、また、同年七月二五日には、被告らに対し右基準案を提示して抽選の方法により具体的分割をするよう助言・説明したが、それが未だ終了に至らない同月二九日に亡鈴子が死亡したため、委任事務は終了した。

(四) 原告と被告らとは、昭和四九年七月二五日までに、前記着手手数料を一二〇〇万円に、前記事務処理費用を六〇〇万円に、それぞれ増額することを合意した。

(五) 原告と被告らとは、昭和四九年八月一五日、それまでの原告の事務処理報酬として被告らが原告に対し、合計三〇〇〇万円を支払う旨を合意した。

2  第二次遺産分割委任契約

(一) 原告は、昭和四九年八月一五日、被告らから、亡千代之助及び亡鈴子の遺産分割事務について、右1の委任契約に引き続いて左記の約定で委任を受け、これを承諾した。

(1) 原告が右遺産分割事務を終了させたときは、被告らは原告に対し、成功報酬として、東京弁護士会弁護士報酬規定に準拠した相当額を支払う。

(2) 原告の右事務遂行途中において、その責に帰することのできない事由によつて被告らが本契約を解除したときは、原告は委任の目的が達成された場合と同額の報酬金を請求することができる。

(二) しかるに、被告らは原告に対し、右事務遂行途上である昭和四九年一一月二九日到達の書面で、原告の責に帰することのできない事由によつて右(一)記載の委任契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) ところで、東京弁護士会昭和三九年一月一日改正施行弁護士報酬規定九条三の(一)号によれば、受任事件が民事・行政訴訟事件で、目的の価額又は受ける利益の価額が五〇〇〇万円を超えるものについての成功報酬は右価額の五分ないし八分とすること、同(二)号によれば、調停、和解事件等の成功報酬は右(一)号で定める額の二分の一とすることがそれぞれ規定されているところ、本件遺産の昭和四九年当時の時価の総額は一二億円であるから、その成功報酬額は四八〇〇万円が相当である。

(四) 原告は、被告らに対し、昭和五一年七月二九日到達の書面で、右成功報酬四八〇〇万円の内金二六〇〇万円を同書面到達後一週間以内に支払うよう請求した。

(五) 原告は、被告らに対し、昭和五八年五月一六日本件口頭弁論期日において、右成功報酬残金二二〇〇万円を支払うよう請求した。

3  よつて、原告は被告らに対し、左記金員を六等分した請求の趣旨記載の各金員の支払を求める。

(一) 第一次遺産分割委任契約に基づく着手手数料一二〇〇万円からこれまでに弁済を受けた五八〇万円を控除した残額六二〇万円、同じく事務処理費用六〇〇万円からこれまでに弁済を受けた一〇〇万円を控除した残額五〇〇万円、同じく報酬金三〇〇〇万円の合計四一二〇万円、第二次遺産分割委任契約に基づく報酬金四八〇〇万円

(二)(1) 第一次遺産分割委任契約に基づく着手手数料残金六二〇万円、同事務処理費用残金五〇〇万円及び報酬金三〇〇〇万円の合計金四一二〇万円に対する委任事務終了の後である昭和四九年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(2) 第二次遺産分割委任契約に基づく報酬金四八〇〇万円のうち、昭和五一年七月二九日に請求した二六〇〇万円に対する同年八月六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(3) 第二次遺産分割委任契約に基づく報酬金四八〇〇万円のうち、昭和五八年五月一六日に請求した二二〇〇万円に対する同月一七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する答弁

1  被告新井千代子(以下「被告千代子」という。)・同小暮八千代(以下「同八千代」という。)・同新井宗正(以下「同宗正」という。)・同新井多喜男(以下「同多喜男」という。)

(一) 請求原因1の(一)のうち、原告が東京弁護士会所属の弁護士であること、被告ら及び亡鈴子が、昭和四八年二月から四月にかけて、亡千代之助(昭和三三年五月一三日死亡)の遺産分割事務について原告に委任し、原告がこれを承諾したことを認め、委任事務の内容を否認する。右委任事務の内容は、相続案の作成及び遺産分割協議後の登記手続事務である。同1の(二)のうち、被告らが原告に対し、着手手数料及び事務処理費用を支払う旨を約したことを認め、その合意した金額を否認する。合意金額は、報酬・費用をあわせて三五〇万円である。同1の(三)のうち、原告が原告主張の分割基準案を作成したこと、昭和四九年三月五日、亡鈴子を申立人として亡千代之助の遺産分割調停を浦和家庭裁判所に申し立てたこと、被告らに対し右基準案を提示して、抽選の方法により具体的分割をするよう助言・説得したこと、同年七月二九日、亡鈴子が死亡したことを認め、その余の事実は知らない。同1の(四)を否認する。ただし、原告と被告らとは前記委任契約締結後、報酬・費用をあわせて六〇〇万円に増額する旨を約した。同1の(五)を否認する。

(二) 同2の(一)を否認し、(二)のうち、原告に帰責事由のないことを否認し、その余の事実を認める。同2の(三)のうち、原告主張の内容の弁護士報酬規定が存在することを認めるが、本件遺産の昭和四九年当時の時価は知らないし、相当成功報酬額が四八〇〇万円であることを争う。同2の(四)を認める。

2  被告政之助・同宗三郎

(一) 請求原因1の(一)のうち、原告が東京弁護士会所属の弁護士であること、被告ら及び亡鈴子が、昭和四八年二月から四月にかけて、亡千代之助(昭和三三年五月一三日死亡)の遺産分割事務について原告に委任し、原告がこれを承諾したことを認め、委任事務の内容を否認する。右委任事務の内容は、遺産分割のための必要な一切の事務である。同1の(二)のうち、被告らが原告に対し着手手数料及び事務処理費用を支払う旨を約したことを認め、その合意した金額を否認する。合意金額は、報酬・費用をあわせて三五〇万円である。同1の(三)のうち、原告が、原告主張の分割基準案を作成したこと、昭和四九年三月五日、亡鈴子を申立人として亡千代之助の遺産分割調停を浦和家庭裁判所に申し立てたこと、被告らに対し右基準案を提示して、抽選の方法により具体的分割をするよう助言・説得したこと、同年七月二九日、亡鈴子が死亡したことを認め、その余の事実は知らない。同1の(四)を否認する。ただし、原告と被告らとは前記委任契約締結後、報酬・費用をあわせて約七〇〇万円に増額する旨を約した。同1の(五)を否認する。

(二) 同2の(一)を否認し、(二)のうち、原告に帰責事由のないことを否認し、その余の事実を認める。なお、原告は本件遺産分割について被告ら間の意見調整に奏功しないまま分割基準案を作成し、その後意見調整のための努力をしないのにもかかわらず、昭和四九年八月一五日、被告らに対し成功報酬として三〇〇〇万円に達する過大の増額請求をし、これにより自らに対する被告らの信頼を失わしめたので、原告には、本件第二次遺産分割委任契約を解除されるについて有責事由があつたというべきである。

同2の(三)のうち、原告主張の内容の弁護士報酬規定が存在することを認めるが、本件遺産の昭和四九年当時の時価は知らないし、相当成功報酬額が四八〇〇万円であることを争う。同2の(四)を認める。

三  抗弁

1  請求権の放棄(被告政之助・同宗三郎)

原告は、遅くとも昭和五〇年一二月二七日までに、被告らに対し、既に支払済の分を除き、本件各委任契約に基づくその余の費用及び報酬請求権を放棄する旨の意思表示をした。

2  弁済

(一) 被告千代子・同八千代・同宗正・同多喜男

被告らは原告に対し、本件第一次遺産分割委任契約に基づく報酬及び費用として六九五万円を支払つた。

(二) 被告政之助・同宗三郎

被告らは原告に対し、本件第一次遺産分割委任契約に基づく報酬及び費用として七六〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1を否認する。

2  同2のうち、被告らが原告に対し、本件第一次遺産分割委任契約に基づく報酬として五八〇万円、同じく費用として一〇〇万円を支払つたことを認め、その余の事実を否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(第一次遺産分割委任契約)について

1  まず、原告が東京弁護士会所属の弁護士であること、被告ら及び亡鈴子が、昭和四八年二月から四月にかけて原告に対し、亡千代之助(昭和三三年五月一三日死亡)の遺産分割事務について委任し、原告がこれを承諾したことは、当事者間に争いがない。

そこで、右委任契約の内容について検討するのに、<証拠>によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告ら及び亡鈴子の被相続人である亡千代之助が昭和三三年五月一三日に死亡した後、多数の不動産からなる遺産が未分割で残つていたところ、昭和四七年ころになつて、亡鈴子が病気のため余命がわずかであることが判明したことから亡鈴子の存命中に遺産分割を完了することとなり、亡鈴子及び被告らは、被告政之助の紹介で知つた原告に右遺産分割事務の処理を依頼することに決し、昭和四八年二月から四月にかけて、被告宗三郎方に全員が集まつて、原告に対し、亡千代之助の遺産分割について概括的な委任をしたこと、

(二)  右委任は口頭でなされ、その内容についても詳細に定めたものではなかつたが、被告ら及び亡鈴子と原告間で折衝の結果、委任の内容は、亡千代之助の主たる遺産である同人名義の不動産を、被告ら間において公平に分割取得することを目的とし、そのために必要な一切の事務処理と確定したこと、

(三)  昭和四八年六、七月ころ、原告は各被告に対し、前記委任契約の着手手数料として一〇〇万円ずつ合計六〇〇万円を、委任事務終了時までに支払うよう口頭で申し込んだところ、被告らの一部には不服があつたものの、最終的には被告ら全員が承諾したこと、

(四)  同じころ、被告らは原告に対し、前記委任契約の事務処理費用として合計一〇〇万円を支払うことを約したこと。

2  次に、<証拠>によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、昭和四八年二月ころから昭和四九年二月ころにかけて、まず、遺産分割の前提として戸籍等を調査して相続人の範囲及び各法定相続分を確認し、続いて、被告らからの事情聴取、関係書類の閲覧、不動産登記簿謄本の取寄、現地踏査等の調査活動によつて、不動産合計五三筆の亡千代之助の遺産の範囲を確定すると共にその現況を調査し財産的価値を評定して遺産分割事務の基礎的作業を完了したこと、

(二)  その後、右不動産(ただし、被告ら及び亡鈴子の希望により、国道二九八号線建設に伴う買収予定地を除く。)を財産的価値上九等分した分割基準案を作成し、昭和四九年三月五日、亡鈴子を申立人として亡千代之助を被相続人とする遺産分割調停を浦和家庭裁判所に申し立て、同年七月二五日、被告らに対し右基準案を提示して、抽選の方法により具体的分割をするよう助言・説得したが、同月二九日、亡鈴子が死亡したこと(以上は、当事者間に争いがない。)。

3  進んで、原告と被告らとが昭和四九年七月二五日までに前記着手手数料を一二〇〇万円に、前記事務処理費用を六〇〇万円に、それぞれ増額することを合意したとの主張事実についてみるに、<証拠>中には、右主張事実に沿う部分もあるが、いずれも具体性に乏しく、<証拠>に照らし、右各部分を措信し得ず、他に右主張事実を支持するに足りる証拠はない。

4  さらに、原告と被告らとが昭和四九年八月一五日、それまでの原告の事務処理報酬として被告らが原告に対し三〇〇〇万円を支払う旨を合意したとの主張事実についてみるのに、本件全証拠中、右主張事実に沿うのは、<証拠>の各一部にすぎないところ、これらは、<証拠>に照らして措信し得ない。却つて、右各証拠によると、亡鈴子死亡後の事態に処すべく、原告、その子息で原告法律事務所の事務員でもある小原崇弘及び被告ら全員が、昭和四九年八月一五日、被告宗三郎方に会した際、席上、原告が被告らに対し、それまでの原告の委任事務処理報酬として三〇〇〇万円を支払うよう申し入れたのに対し、被告らは原告の作成提示に係る遺産分割基準案に不満があり、未だに遺産分割の合意ができていない状態であつたことから、これを承諾しなかつたことが認められる。

二請求原因2(第二次遺産分割委任契約)について

1  まず、第二次遺産分割委任契約の成否及び内容について検討するのに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告及び被告らが、亡鈴子の死亡に伴う事務処理のため、昭和四九年八月一五日、被告宗三郎方に一堂に会した際、原告から被告らに対し、亡鈴子死亡によつて区切をつけるため、前記一の1の委任契約に引き続き、新たなる委任契約の締結方を申し入れたところ、被告らは原告に対し、亡鈴子の分をも含めて前記委任契約に引き続いて遺産分割事務を委任し、原告はこれを承諾したこと、

(二)  被告八千代は、右委任の後である昭和四九年ころ、同年七月二五日提示に係る遺産分割基準案を修正させるため、遺産中一部の不動産に係る鑑定書を原告に提出し、原告はこれに基づき右遺産分割基準案を一部修正したこと。

<証拠>のうち、右認定に反する部分は、前掲爾余の証拠に照らして措信し得ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

第二次遺産分割委任契約の成否及び内容に関して、積極的に認定できるのは以上の事実にすぎず、結局、本件全証拠をもつてするも、原告と被告らとの間に原告主張のような明示の報酬約定がなされたことを肯認できない。

しかし、弁護士とその依頼者との関係においては、明示の報酬約定が肯認されないときでも、特別の事情のない限り、相当額の報酬を支払う旨の黙示の合意があるものと推認するべく、さらに右弁護士の所属弁護士会の報酬規定があるときは、特別の事情のない限り、この定めによるとの意思をも推認するべきであるところ、成立に争いのない甲第一号証の一、すなわち原告の所属する東京弁護士会昭和三九年一月一日改正施行弁護士報酬規定の五条には、受任者の責によらない事由での依頼者による解任等の場合には、成功と看做し、謝金全額を請求しうるとの規定の存することが明らかであり、他方、本件全証拠によつても右特別の事情の存在を肯認できないところである。

2  次に、被告らが原告に対し、昭和四九年一一月二九日到達の書面で、前記委任契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

右委任契約解除についての原告の有責性について考えるのに、前記認定のとおり、なるほど原告は、本件遺産分割につき被告ら間の合意を成立させ得なかつたのに、その報酬として、第一次遺産分割委任契約においては、当初着手手数料六〇〇万円との合意をしながら、昭和四九年八月一五日、成功報酬三〇〇〇万円を請求して、被告らの承諾を得られなかつたものの、第一次、第二次各遺産分割委任契約を通じて、被告ら間の合意を得べく、遺産範囲の確定、時価調査、分割基準案の作成等多大の努力をなしたものであり、また後記相当認定額と対比してその成功報酬請求額も著しく過大であるとはいえないことが明らかであり、本件全証拠によるも、原告にその受任義務の懈怠や被告らの信頼を失わしめたこともやむをえないとの合理的事情も認められない。

そうすると、被告らの前記委任契約の解除について、原告にはその責に帰すべき事由がないといわざるを得ない。

3  そこで、前記委任契約に基づく相当報酬額について検討するのに、弁護士に対する事務処理報酬の額につき依頼者との間に別段の合意が認められない場合には、委任の目的達成により依頼者の受ける利益、事件の難易、委任事務の遂行に要した準備、研究、労力の程度、依頼者との関係、所属弁護士会の報酬規定その他諸般の事情を併考し、なお、本件のように、第二次遺産分割委任契約がほぼ同内容の第一次遺産分割委任契約に引き続いて締結され、しかも、後者について事務処理報酬支払の明示の合意が認められない場合には、前者の相当報酬額を認定するにあたつて、後者における諸事情をも総合勘案すべきである。

そこで、右諸事情を勘案するに先立つて第一次、第二次遺産分割委任契約を通じて原告の行つた事務内容について検討するのに、<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>のうち、右認定に反する部分は、前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四八年二月から昭和四九年二月にかけて、まず遺産分割をする前提として、相続人の範囲を確定するため戸籍等を調査して相続関係人一覧表を作成し、相続人の範囲につきこれを亡鈴子(法定相続分三分の一)及び被告ら(法定相続分各九分の一)と確認し、次に、遺産の範囲を確定するために被告らからの事情聴取、関係書類の閲覧、不動産登記簿謄本の取寄、現地調査等の調査活動を行い、殊に、当初委任の趣旨が明確にされていなかつたこともあつて、亡千代之助の遺産と思われる不動産につきその不動産登記簿上の名義等を問わずに浦和市、埼玉県川口市、群馬県桐生市、東京都等に分散する不動産を調査した結果、最終的に遺産分割の対象となるべき亡千代之助名義の不動産五二筆を確定したものであるが、この調査過程で、本来亡千代之助の遺産に含まれることが明らかでありながら、登記簿上の所有権者が農林省となつている土地一筆を新たに発見したため、遺産分割の対象となるべき不動産は合計五三筆となり、右各不動産は、小作地、賃貸地、借家人の存するものなど権利、利用関係が種々に別れ、区画整理事業によつて仮換地指定、換地指定のなされているもの、国道二九八号線建設に伴う買収予定地となつているものなども含まれていたため、その正確な所在、地積、小作人、借地人、借家人の現況、権利関係等を調査、把握したうえ、地価公示価格、路線価、近隣の取引事例等を参考にして昭和四八年当時の時価を算定し(右時価は、小作権、借地権等の制限的権利の付着を考慮すると約一〇億円である。)、これらを相続対象不動産表にまとめ、これとともに、遺産に対する被告らの寄与及び遺産分割についての被告らの意見を聴取し、これらによつて遺産分割についての基礎的な調査を完了したこと、

(二)  その後、遺産分割の法的手続を調停によることとし、原告は亡鈴子の代理人として浦和家庭裁判所に対し遺産分割調停の申立をし、これと平行して、調停手続外で、実質的に亡鈴子及び被告ら間で遺産分割の合意を成立させるために、原告は分割基準案の作成及び被告らに対する助言・説得をすることになつたものであるが、原告は、亡鈴子の意見により同女の法定相続分三分の一のうち、九分の二を被告政之助に、九分の一を被告宗三郎に分割することとし、結局、被告政之助が九分の三、被告宗三郎が九分の二、その余の被告らが各九分の一ずつという割合で分割することを前提として、前記遺産不動産を九等分する分割基準案を作成し、抽選により右割合で具体的取得分を決することとして、昭和四九年六、七月ころ、第一回分割基準案を、同年七月二五日、第二回分割基準案を作成し、被告らに対し提示したところ、取得割合を九分の一とされた被告らに不満が生じ、いずれも右分割基準案につき最終的合意を成立させることができなかつたこと、とりわけ第二回分割基準案は、被告らの要望に従つて第一回案に手直しを加えたものであつて、原告は右案提示時には、遺産分割協議書を用意してこれに抽選結果を記入し、被告らが署名、押印して、これを裁判所に提出すれば遺産分割調停が直ちに成立する運びとなるまでの準備をしていたものであるが、被告ら全員の合意を成立させることができなかつたこと、

(三)  第二次遺産分割契約締結後、原告は、被告八千代提出に係る本件遺産不動産の一部の価額評価の鑑定書に基づき右第二回分割基準案を一部修正したこと。

次に前掲甲第一号証の一である東京弁護士会昭和三九年一月一日改正施行弁護士報酬規定九条の、三の(一)によれば、受任事件が民事・行政訴訟事件の場合、その目的の価額又は受ける利益の価額が五〇〇〇万円を超えるときは、その成功報酬は右価額の五分ないし八分とすること、同じく(二)によれば、調停・和解事件等の成功報酬は右(一)で定める額の二分の一とするとの定めがあることは当事者間に争いがない。

そこで、叙上の事実及びその他諸般の事情を併考して、いわゆる相当報酬額について検討する。

まず、相当報酬額の算定にあたつて、受任事件の目的の価額又は受ける利益の価額が、専門的業務である法律事務処理の専門性並びに受任前の研究、準備とその成果の貯積及び奏功への全努力を、依頼者との関係においても収支を調整しながら、定型的かつ定額的に評定配分する一つの重要な基準額となるものと解すべきことは、各弁護士会における弁護士報酬規定の内容のほか提訴事件についての訴額及び貼用印紙額等の定めに照らしても明らかである。そして前記認定のとおり、被告らにおいて本件遺産分割の奏功によつて分割取得する不動産価額の合計が、本件受任当時の時価である約一〇億円に達することもまた明らかである。そうすると、右時価をもつて、一応受任事件の目的の価額というべきであるが、該価額をもつて直ちに前示基準額とすることはできない。蓋し、遺産分割という法律事務は、事物の性質上、通常の訴訟事件の如く、熟成した争訟性の下で尖鋭化した対立構造の抗争の中から具体的権利が取得され、又は喪失に帰するとの対極的問題、すなわち、本件不動産のいずれかを取得するものではなく、その奏功によつて本件不動産のいずれかを分割によつて取得分を確定するにすぎず、その実質においては、もともと持分権を有する者のなす共有物の分割に類する面をも帯有するものであるから、基準となすべきは、被告らの受ける利益の価額であり、その評価は前記目的の価額である時価から相当程度の減額を免れないものというべきである。

次に相当報酬額の算定方法として、前記本件受任当時における原告所属の弁護士会である東京弁護士会報酬規定の内容を斟酌すべきであるが、前示のとおり、調停・和解事件についての成功報酬額は、その規定上からも訴訟事件のそれと対比すると、減額類型に属することが明らかであるところ、前認定のとおり、本件委任事務の処理についての原告の授権内容からは、その解決方式に関しての限定もしくは制約は全くなく、またその努力も相続人の間で公平かつ合理的に遺産を分割取得すべきかについての助言・説得に専ら配意を要する質のものであり、主として裁判外における交渉を中心とするものであるから、これらの点から通観し本件遺産分割委任事件を成功報酬額算定に際して前記弁護士会報酬規定に相関して位置づけるとすれば、調停・和解事件にやや準じるものと認められる。

また前記認定のとおり、原告は、本件第一次遺産分割委任契約に引き続き本件第二次遺産分割委任契約を締結し、いわば相次受任したものであつて、前者における努力は、後者に受け継がれたものと推すべきところ、前者についての着手手数料の一部については弁済をうけていること及び本件遺産分割について、最終的に被告ら相続人の間の利害の調整ができず、現実には合意の成立に至らなかつたことが明らかであるが、これらの事情は、定率定額的成功報酬額の減額要素といわざるを得ない。

他方、前示のとおり、本件遺産の範囲が広大であつて、最終的に確定した遺産不動産は合計五三筆に達したうえ、その権利関係ないし利用関係も多岐複雑であつて、原告はこれらの調査及び評価に約一年間の長期間を要し、またいずれも独立の世帯を構え、雷同し難い個性をもつ六名という多数の相続人につき遺産分割の合意を成立させるべく多大の努力を払つたこともまた明らかである。

以上の事実にその他諸般の事情を総合考慮すると、本件第二次遺産分割委任契約に基づく事務処理報酬額としては一二五〇万円が相当である。

4  請求原因2の(四)の事実は、当事者間に争いがなく、同2の(五)の事実は、本件訴訟記録上明らかである。

三抗弁について

1  抗弁1(請求権の放棄)の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

2  抗弁2(弁済)について検討するに、被告らが原告に対し、本件第一次遺産分割委任契約に基づく報酬及び費用としてあわせて六八〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、その内訳は、着手手数料として五八〇万円、事務処理費用として一〇〇万円であることが認められる。

<証拠>中には、右認定額を超える額の弁済をなしたとの供述部分があるが、いずれも具体性が乏しくにわかに措信できず、他に該超過額の弁済事実を認めるに足りる証拠はない。

四以上より、原告は本件各遺産分割委任契約に基づき左記の限度の債権を有するものである。

1  第一次遺産分割委任契約に基づく着手手数料六〇〇万円からこれまでに弁済を受けた五八〇万円を控除した残額二〇万円と第二次遺産分割委任契約に基づく報酬金一二五〇万円との合計一二七〇万円

2(一)  第一次遺産分割委任契約に基づく着手手数料残金二〇万円に対する委任事務終了の後である昭和四九年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二)  第二次遺産分割委任契約に基づく報酬金一二五〇万円に対する昭和五一年八月六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

よつて、本訴請求は、原告が、被告らに対し、左記金員を六等分した各二一一万六六六六円及び各内金三万三三三三円に対する昭和四九年一二月一日から、各内金二〇八万三三三三円に対する昭和五一年八月六日から、各支払済まで年五分の割合による金員を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条本文を、仮執行の宣言及び職権による仮執行免脱の宣言につき同法一九六条一、三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(薦田茂正 中野哲弘 根本渉)

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